震災以降、なぜこんなに涙もろくなったのか
昨日、金スマ(TBS「中居正広の金曜日のスマたちへ」)という番組を見ました。由紀さおりさんの特集。夜のスキャットなど歌っていらっしゃいました。VTRではEvery Little Thingの持田香織さんがインタビュアーとして、ナレーションもしていました。
年甲斐も無く?放送を見ながら要所要所で、うるうるしてしまいました。
目がとても潤ったのですが、どうして涙するのかなと、ふと疑問がわきました。
なぜか。そしてその疑問は、震災以降、なぜこんなに涙もろくなったのかという自問でもあったことに気付きました。震災以降、というフレーズは、それだけ昨年の東日本大震災が私という個人にとって大きな出来事だったからでしょう。
なぜ涙したのか。
由紀さおりさんへの、なんともいえない気持ちへの感情移入、でしょうか。その人の人生を自分のなかで追体験した結果なのでしょうか。涙する人を前にして自分も涙したり、笑顔につられて笑ったり、理不尽だと感じる怒りを向けられて怒ったり。心にうったえてくる盛り上がる音楽を聴いたから。
たぶん。
過去という、どうにも出来ないことへの後悔の摩擦がよく見えるからではないかと思いました。
「取りかえしがつかない、むくわれない」がクリアになったから
たとえ後悔したとしても致命的な出来事。悔やんでも悔やみきれない分かれ道があったわけです。
しかしこのとき、「やり直す、挽回できる、巻き返すことのできない事実があった」という見方はしません。
人は、どこかで岐路にたつでしょう。たたされる。細かなことです。朝ご飯どうするか、トイレにいくか、本よむか、学校にいくか、会社にいくか、はんこを押すか、無理をするか、ペンをにぎるか。
そして、そのたびに、選ぶ。選ばれる。そして先へと進んでいく。
分かれ道から進んだ先しか私たちは見ることができません。その分かれ道は大小さまざまで、大きな選択は心にのこりますが、小さな選択は通り過ぎていくだけです。そして後になって、その小さな選択が大きく見えるとき、ひとは後悔する。
その大きく見えたり、小さく見えたりの振れ幅・摩擦。後悔の摩擦が涙なのではないかと。けずりかす一つひとつ、なんともいえない気持ちです。そのけずりかす一つひとつが、とてもクリアに見えるようになった。そんな出来事が昨年の震災でした。
分かれ道から進まなかった先も私たちは見ることができません。何をどうしたって見えない。画面が汚いわけではなく。
目の前と後ろが世界です。その分かれ道があったという事実のみ。進まなかった分かれ道の先は勘定に入ってないのです。
「あーこうしておけばよかった」と思うことばかり。あのとき勉強しておけばよかった。あのとき勉強ばかりしているんじゃなかった。あのとき遊ばなければよかった。あのとき遊んでおけばよかった。
それは、未来の自分にとって、たいへん小さく見えることかもしれません。いまの閉塞感は屁でもなくなるかもしれません。
そうか涙もろくなったのか。それだけです。そのまま進んでいるだけです。それだけなのに色々考えてしまうところが可愛くもあり、憎いところです。
それにしても、東日本大震災は大きいです。厳然たる事実が目の前にありつづけすぎます。
(人間的・経済的)孤独と、アルコールと、ギャンブル。
全然、可愛くなんてありません。最初は可愛い。けれど、すぐに憎さしか残りません。憎ささえ気付かせない。
はっきり見えることもいいですが。ひたすらに連続する事実は、慣れません。ACのCMがひたすらに流れているのを見て、うんざりしたのと同じ。
孤独と、アルコールと、ギャンブル。これらは自分でも気付かないうちに、慣れたと思い込んでしまうことです。そんなことない。すこしでも離れることが大切です。涙もろくなってもいいけども。
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由紀さおり オフィシャルウェブサイト | SAORI YUKI OFFICIAL WEB
由紀さおりオフィシャルブログ「はじめの一歩 ー日々生ききるー」by Ameba
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