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web版 陽岳寺護寺会便り

下町深川の禅寺 陽岳寺からのお知らせのブログです

被災地の安寧と復興を念じ、般若心経を読む-法句経

あの日から、約半月は経ったでしょうか。半月という時間は長く、状況は大きく変化しているようです。それに伴って、内容を変えなければなるまいと、新しく回向をつくりました。今回は、法句経引用です。

(パソコンの画面をみて、)被災地の安寧と復興を念じ、般若心経を読んでいただければと思います。

東北地方太平洋沖地震 回向その2-読経・般若心経

東北地方太平洋沖地震被災された皆様、関係者の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。
あの日から、それなりの日数が経っていますが、日本列島全土に渡り余震は続いていますし、原発は白煙を吹き出し続け、停電・放射線についての情報が続々と入ってきます。関東以外の営業所の機能を強化する企業や、関東から遠くへと疎開する人々もいると聞きます。

それでも、我々は「きっと、そのうち何とかなるだろうし、なるようにしかならない」と自分自身を説得しようとするのだと思いますが、「テレビや新聞を見ていても、どうも良くなる感じがしない」と、鬱々とした気分になる方も多いはずです。

私たちの住む町は、日本は、このままどうにかなってしまうのではないか。東北・関東地方全域という広大な被災地の復興は、いつかは解決するんだろうと楽観的に思う気持ちもありつつ、漠然とした不安が心のどこかに沈んでいると思います。

さて、テレビや新聞では、巨大地震という想定外の事態を憂い、不謹慎、自粛ムードがじわじわと広がっているように見えます。
しかし、スッキリとしない心持ちのまま、心配や不安を押しつぶしてまで、「我々には一体何が出来るのだろうか!」と考える必要はあるのでしょうか。『義援金の寄付、ボランティア、献血、節電、買い占めはやめよう、日本経済を潤そう』といった言葉に、あなたは抑圧されていると感じていませんか。

おのれこそ
おのれのよるべ
おのれを措きて
誰のよるべぞ
よくととのえし
おのれにこそ
まことえがたき
よるべをぞ獲ん

これは、法句経にある言葉です。この言葉は、私自身にしか私を救えず、この私を置いて誰が私を救えるだろうか、よく制した私しか本当に私を救ってはくれない。と、いいます。
私のことは私が一番よく知っている!と思っていても、テレビで被災地の様子を見続け、スーパーやコンビニで買い急ぐ人々を見続ければ、人知れず自分知れず「小さな不安・心配」はつのっていくのでしょう。いくら自分で自分が正常だと思っていても、それは本当でしょうか??はたから見ても分からない。まして、自分でも分からないものです。
私はお悟りを得た、と言いふらす輩を貴方は信じられますか。ただちに影響はない、という言葉を貴方は信じられますか。私は大丈夫だ、と言う自分を貴方は信じられますか。

信じるのも、疑うのも、心です。心とは、よりどころがなく、かといって決して無いとはいえないものです。あるようでない、ないようであるのが、心なのだと思います。

地震によって大きく揺れうごく大地に触れ、私たちの心も揺れうごきます。海から大地へと大きな波が押し寄せるように、心には不安・心配といった様々な波が寄せては返すのです。

そんな自分自身の揺れる心に触れたとき、人は、

  • こころの水面が波打ったとしても、次第に収まること。
  • 水中に泥や土が舞い上がったとしても、いつか水は澄むこと。
  • 底深き淵には、揺るぎない心安らかなるところがあること。

に気付くのだと思います。

底深き淵の
澄みて
静かなるごとく
心あるものは
道をききて
こころ
やすらかなり

法句経にある言葉です。この言葉は、底の深い湖は、澄んで濁ることのないように、賢い人々は、真理を耳にしているがゆえに自分自身の心を澄み沈めている。と、いいます。
地震津波、報道によって、怒り・悲しみ・恐れといった感情がこころ波打ちますが、揺らす心は自分自身なのだと気付けば、私には沈める心もあるはずだと気付きます。
心中がざわめき、よどもうとも、いつか心を冷静に見つめ正せば、なごみ、安らぎ、穏やかな心があることに気付くことができます。

哲学者・西田幾多郎氏の短歌に『わが心深き底あり 喜びも憂いの波も とどかじと思う』とあります。
いったいどれほどの深さがあるのかと、想像もつかない人の心の奥深さを考えてみれば、我々はみな仏の心を持っているのではないかと思うのです。

仏の心と書き、仏心(ぶっしん)と読みますが、朝比奈宗源老師が言った言葉にある、「仏心のなかに生まれ、仏心のなかに生き、仏心のなかに息を引き取ること」の意味は、私たちはいたずらに不安・苦しみ悩むことはないのだと。一生懸命になれば、信じる信じない・・と疑うこともない、己もない世界にいると気付きます。


般若心経とは、心を学ぶお経です。「こころ」「思い」の本質とは、奥深い水の底にある、揺るぎない仏の心に気付くこと。生きることなのだと思います。
1000年に一度という地震が起きて、テレビや新聞で被災地が、原発が、という報道がされる。人間として、生活をしていれば、いやおうもなく目に見え、耳に聞こえてくることは、とても多いのだと気付くことができれば。自分の中にも、外にも、世界は仏心で溢れるでしょう。

それでは、これから般若心経をお読みします。2011-03-11東北地方太平洋沖地震で亡くなられた方々、被災し避難している方々、警察・消防・自衛隊員、ボランティアの方々、津波にも地震にも遠い場所で生活している方々。日本、世界のすべての人のためにです。みんなの、みんなにより、みんなのため、ご冥福、ご多幸、ご無事をお祈りいたします。みんなが助け合い、一生懸命に生きる姿から、改めて日本の素晴らしさに気付いた人は多かったはずです。そんな日本に住む我々だからこそ、必ず立ち上がれると、被災者の安寧と、被災地の復興を念じおります。

<読経 般若心経>