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web版 陽岳寺護寺会便り

下町深川の禅寺 陽岳寺からのお知らせのブログです

陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』

001_新命便り

今年も春彼岸に多くの方が墓参されました。もちろん、まだお骨の入っていないお墓にお参りされる方も。
さて、今回の護寺会便りの内容は、陽岳寺の本尊について、です。
何かのテレビ放送で「お墓参りする前に、ご本尊にお参りしましょう」と言っていたそうです。そういえばよく知らないということで、陽岳寺のご本尊は何ですか?と、何人かの方に聞かれたのでした。

陽岳寺 本尊『十一面観世音菩薩(じゅういちめん かんぜおんぼさつ)』

一般には「観音さま」といわれますが、この観音さま。じつは変身します。その変化身の一つが『十一面観世音菩薩』なのです。『十一面をもつ観音さま(観世音する菩薩)』。

ここでの『菩薩』とは、成仏をめざす途中にいて、人々と共に歩み、教えへと導く象徴のことです。成仏をめざしているので、仏さまではありません。が、成仏しているけど、成仏を認められていない菩薩もいます(ややこしいですね)。
観音さまは自分の成仏をおいてでも、みんなと一緒にいたい、という願いを持っています。現世利益や救済の信仰が出てきて、観音信仰は日本で広まりました。

つぎに『観世音』についてですが、もとはサンスクリット語。日本語訳が他にもあります。
般若心経のはじめ「観自在菩薩行人般若・・・」とあります。「観世音菩薩」「観自在菩薩」「光世音菩薩」「観音菩薩」と、いろいろあるんですね。
『世』の人々の『音』声を『観』じて、その苦悩から救済する菩薩。ゆえに『観世音』。
智慧をもって『観』ることにより自由『自在』の力を得、救済する菩薩。ゆえに『観自在』。
諸説ありますが、ほぼ似たような意味のようです。おこった順番はよく分かっていません。

そして、頭部にかかげる『十一面』。はじめに、観音さまは変身すると言いました。
観音さまが世間を救済するのに、人々の条件に応じて、いろいろな姿形になります。観世音菩薩普門品第二十五(観音経)では、33の姿になると言われていますけれども。三十三間堂の33は、ここからとのことです。ちなみに、深川にも江戸三十三間堂といって、京都のものを模したものがあったそうな。
観音さまは変身するようになったわけですが、その一つが『十一面観世音菩薩』なのでした。ほかには、千手観音・馬頭観音・如意輪観音・水月観音などがあります。

仏教の教えそのものの象徴が如来で、より身近な存在として現世利益や救済の信仰の対象が菩薩。みんな、求められて存在していると言ってよいでしょう。
仏像という存在自体、はじめは無かったものが、像として崇拝されるようになったことを考えても納得できることです。

さて、仏像安置のかたちとして、本尊の両脇に脇侍を起くことがあります。お釈迦さまのとなりに、普賢菩薩・文殊菩薩を置くようにです。
じつは観音菩薩は阿弥陀仏の脇侍なのですが、観音信仰の隆興により独尊として崇められるようになりました。なので、本尊として観音さまが崇拝されているのは普通のことなのです。

そんな十一面観世音菩薩が陽岳寺の本尊です。脇侍として、地蔵菩薩と毘沙門天を安置しています。彼らを引き連れての意味に、智慧と慈悲、勇みと情け、を住職は考えています(No.110)。
この十一面観世音菩薩の頭部には、十一の顔があります。その顔は、正面は慈悲の3面、左には怒る瞋面(しんめん)の3面、右には菩薩の面にして牙や角をした3面、後には大きく笑う面、頭の頂上には阿弥陀仏をいただいています。
それぞれに、母の顔や父の顔、先生や子ども、親切にしてくれた顔、怒ってくれた顔、励ましてくれた顔、心配してくれた顔でもあります。
私たち人間にもいろいろな顔があるわけですが、観音さまにも血の通った部分を感じます。
ただ、人間味あふれる部分だけではないのが、十一面観音菩薩です。人間に、十一も顔があったら怖いですし、変身するのも怖いです。
観音さまは、その人の想い・置かれた場所・悩み・悲喜こもごも。それぞれに姿形を変え、言葉を変え、見守り、語りかけてきます。その声を見てほしい、聞いてほしい。そのためには。・・その機会のひとつが、陽岳寺での法要です。年回忌、お施餓鬼やご祈祷などの法要に、檀信徒のみなさんに参加してほしい理由の一つです。

先日、奈良の東大寺に行ってきました。ご縁をいただき、二月堂でのお水取りにお参りしてきました。ここにも十一面観世音菩薩の姿があるのです。
奈良時代から毎年かかさず行われてきた法要、修二会(しゅにえ)。修二会の正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」、東大寺二月堂の本尊・十一面観音に罪過を懺悔して除災招福を祈る、悔過という儀式のことです。
その法会の期間は長く、2月18日~3月15日で2月中は別火といって支度期間。3月に入ってから本行となり、3月12日の夜中に行われるのが「お水取り(おみずとり)」。いつからか、修二会そのものをお水取りと呼ぶようになったそうです。おたいまつ、とも。
知っていようと、知らずにいようと、私たちは日々さまざまな過ちを犯しています。その過ちを、二月堂の本尊 十一面観世音菩薩の御前で懺悔するための、悔過会です。
その内容は、鎮護国家・天下泰安・風雨順時・五穀豊穣・万民快楽。自分たちだけのために行をするのではなくて、自分とは一見関係ないように見える人やもののためです。
功徳を振り向けるところが大切です。

日本全国の各寺院では、年回忌、お施餓鬼やご祈祷などの法要を行っています。その法要は、有縁無縁三界万霊、参詣される檀信徒や地域の方々のためでもあります。
人々の幸福、罪過の懺悔を願う私たちの心はもとより、縁というこの世界の理解を進めることが大切です。本尊を迎えるということは、その本尊の声を聞くということ。陽岳寺での法要は、十一面観世音菩薩の物語でもあるのです。

今年のお施餓鬼は、5月18日(土)第三土曜日2時~です。
副住職がお話します。皆様の参加をお待ちしております。

山門大施餓鬼会は、近隣の和尚様方を呼び、陽岳寺にとって長い過去をさかのぼっての有縁無縁の亡くなられた方々を、みんなで感謝し祈りを捧げようとする集まりです。
また陽岳寺檀信徒の縁につながるご先祖様も供養しようと催される法要です。今回も、東日本大震災津波等で亡くなられた方々、被災された方々、何らかの形で被災地に添ってかかわっている方々に対しても、ご冥福や、ご無事、ご多幸の回向をしたいと思います。

後日、施餓鬼についてのお知らせを、郵送いたします。