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web版 陽岳寺護寺会便り

下町深川の禅寺 陽岳寺からのお知らせのブログです

四捨五拾

今週のお題「寒さに負けない方法」
これまた極論ですが、寒いと思わなければ、寒くはならない。


「放てば手に満てり」とは正法眼蔵にある言葉だそうですが、手放してこそ大切なものが手に入る。なにかを手にしたままでは、次のものは手にはいらない。満杯になっている茶碗に、お茶を注ごうとしても、あふれるだけ。すっかり空っぽにしないと、お茶は入らない。


四捨五入なんて言葉がありますね。

四捨五入とは編集

  • おおよその数字や誤差の調整をする時に使われる際の数値処理のルール。 たとえば、円周率は厳密に言えば3.1415926535...と永遠に続く数値だが、実用では有効数字3桁までで使う事が多いため、この場合だと4桁目の数字を切り捨てるか切り上げる必要がある。 そ.. 続きを読む
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四捨五入とは、茶碗に半分未満のお茶があることを「お茶は入っていない」と見て、半分以上のお茶があることを「お茶が入っている」と見る。と考えることができます。
ただ、たとえばお酌をしてまわる人にとって、コップに半分以上のお酒が入っていようとも、お酌はするもんです。無理矢理飲ませて、ついでもらう・・なんてザラですね。
注いでもらう人にとっては、四捨五入ではなく全切り上げの丸め。半分以上はもちろん、半分未満でも・・入っているじゃないかと。
注ぐ人にとっては、四捨五入ではなく全切り捨ての丸め。半分未満はもちろん、半分以上でも・・まぁまぁどうぞいっぱい。


いやいや全然自分は出来る人間ではありませんから。勉強です。僧堂から帰ってからも修行です。
修行とは、放てば手に満てり。坐禅は、頭に浮かぶよしなしごとを、すべて捨て去る。昇華する。
ただ、公案があります。拾っては捨て、拾っては捨ての繰り返しです。
それでも全部捨てきることなど出来るのでしょうか。


どうしても嫌なことがあったとき、お医者さんにかかるようになることだってあるでしょう。自分のなかで忘れ去っていると思うことだってあるでしょう。
それでも、本当に本当に、すべてを捨てきることが出来るのでしょうか。諦めるとは、明らめることです。三歩進んで二歩下がるように、全てを捨て切れていない自分がいるのではと気付く。捨てきることが出来るはずだと諦めないことを続けることだって大事。
四捨五入の一文字かえて、次の四字熟語をつくってみました。
四捨五拾。四つ捨てては五つ拾う・・の繰り返しは、一つひとつ増えていくことを意味しますが。それは一つを拾うことではなく、一つが残ることです。その一つは、失わずにすんだものか、思いがけなく手に入れたものか、多くのものの中から選びとったものか。


どうでもいいようなことを坐禅中は頭に思い浮かびますが、すべて捨て去ってきたつもりです(と、言っておきたい!)。
しかし、どうしたって残るものはあるかもしれませんし、これからは拾っていこうかと考えています。拾ったら捨てればいいだけの話しです。自分が拾わなければ分からないこともあるはずです。


寒さを拾わなければ寒くならないでしょうか。目から雪や雨や暗がりが、肌から寒さが、いやおうもなく入ってくる。過剰に反応するのもなんだし、いやいや!と無理するのもなんですね。寒さに負けないぞと言うのも、ほどほどですね。でもでも、頑張るときは頑張らないとね。