読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

web版 陽岳寺護寺会便り

下町深川の禅寺 陽岳寺からのお知らせのブログです

ブログ開設して一年をふりかえり

「絆」なんて漢字が選ばれたようですけどね、皆さん一つ、自分の身と心を振り返ってみてほしいもんですね。
自分のからだと心の絆は一体どうなんだと申し上げたい。
絆の大切さに気付いただとか、友達とか家族ってのは大事にせんとアカンなんて言ってる人はね、自分を大切にしてないことが往々にある。私のことですがね。
聖書だかなんだかに、隣人愛ってことが書いてあると言いますね。隣人愛なんて言葉は日本だけと聞いたことがありますが。「汝自身を愛するように、汝の隣人を愛せよ」という。これのことですよ、心は汝自身で、汝の隣人が身体だ。どっちでもいいけど。
人っていうのは自分に自信が無いもんですよ。とくにテレビやら本やらブログやら色々言ってる人たちがいますけど、どこかおかしいところがあるからなんでしょうね。10年も前はブログなんて言葉はインターネットではなかったけれど、最近では誰も彼もやってる。みんな分かってきたんじゃないですか。・・・見てる人、読んでる人は小バカにでもしながら、見てたらいいと思います。ツイッターとかテレビとかチェーンメールとかデマを信じてしまうのは、日本人が真面目だからなんでしょうね。そこらへんを神様にゆだねているか、仏=私にゆだねているか、一神教、多神教の違いと見るのも一つとは申しませんが。
自信が無いってことを自覚してるから色々言うんだと思いますよ。男が料理をする。「どうだい、この料理は。うまいだろう」なんて。いわゆる家庭の主婦の皆さんは、何も言わずに淡々とお料理を出してくださる。自信があるもないも、何もないんです。ごちそうさま、お粗末さまです。
「自信がある」って言ってあげないと、自分への言い訳にもならないし、まわりの人を安心させてあげたり、怒らせてあげたり出来ないもんだから調子に乗って一年も続きました。

自信が無い自身への愛し方は、いろいろ並べ立てることを一生懸命するってことですが、でもでも理屈はあとから宅急便じゃあ困る。
あの人はぶれない人生を送ったとか、芯があるね、なんて言われるのは、その人がしたことを見たから言えることで。けっきょくは結果なんだ。筋が通っているだけなんだ。それをなんだかんだと並べ立てることを一生懸命云々。


このブログもそうしたいと思っています。自信があると思っている方が、タチ悪いですよ。毒舌家が空気をしこたま読んでいるように、疲弊していきたいです。見ていてくださると仮定している皆様のおかげで書き続けられています。駄弁を弄しました。
今年も大変お世話になりました。年末年始、これから本格的な冬に向かっています、お寒うございます。お墓参りの際は、どうぞ温かくしておいでください。よいお年を。