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web版 陽岳寺護寺会便り

下町深川の禅寺 陽岳寺からのお知らせのブログです

[[今週のお題]]「今年の抱負」-生老病死

001_新命便り


 生老病死の事実。人は生まれ、そして死ぬ。どの人間にも平等に訪れる死。
 生まれ、老い、病み、死んでいく、それを「苦」と捉えるならば、宗教者として「苦」に向き合い、ともに苦しみ、緩め、生ききる&死にきることへのサポート。このことが使命なのだと思います。
 さて、夢を実現するためには、心の中に秘めているだけでは、なかなか達成できないそうです。根拠はないのですが、言われてみると確かになァといった感想です。そこでどうするか。日記などノートか切れ端に書いてみる、のだそうです。そういう訳で、私も書いてみようと思います。言うは行うより易し、猫の首に鈴をつける・・・そんなことを言われそうですが、抱負というよりも、やってみたいこと。しておきたいこと。を生老病死に絡め(わりとコジツケですが)、書いてみようと思います。

『生』仏前結婚式の請け負い

 人生の節目として重きを置かれる結婚。お寺は、死んだらお世話になる場所・・だけではありません!陽岳寺でも、仏前結婚式として冠婚も請け負います。チャペル式、神前式とありますが、人前式に近いものを考えています。近々、ホームページで公開します。
 以前、いとこの仏前結婚式を住職がおこなったもの。また、近隣ホテル・チャペルにおけるブライダルフェアの取材の成果を見せたいです。乞うご期待。基本料金設定:0円(お布施、数珠代のみ)

『老』お施餓鬼でお話をする

 おととしまで、亀有にあります祥雲寺の老師様にお話しをしていただいておりました。しかし昨年は、住職がお話をしたようで。ご存知の方も多いとは思いますが、住職はお話好きであります。有楽町のビックカメラ上で行っている「禅を聞く」の司会を数年間、つとめていたりもしました。見習って、というわけではありませんが、皆さんの前でお礼を述べたい。と同時に、私は何をしてきたのか、陽岳寺をどうしたいか、お話したいなと思っております。実現は可能なはず!
 2011年5月28日(土)陽岳寺の山門大施餓鬼は披露の場として2回目・・ですが、1回目という気持ちで行いたいです。ご祈祷の会の参加は割と任意なものですし、実はお坊さんたちに対してのお披露目も、この日が最初になるんです。

『病』座禅会か坐禅WS(禅ワークショップ)の主催

 『病』というほどに重いものは取り扱えるとは思っていませんよ!陽岳寺において、もしくは、どこかのヨガスタジオですとか。僧堂から帰ってきて間もない=経験値不足である。それは裏返せば、フレッシュであるということ(フレッシュはないか?)。勉強中であります。

『死』回向をつくり、行う

 2010年8月、陽岳寺に帰山しました。その後、住職とともに法要を執っております。今までは住職の作ってきた回向をしていましたが、自分のものを用意したい。そして、独り立ちも。そう思っています。



 過去の後悔、未来の不安はありますけれども、それは今のためであります。かといって、このことは、後を顧みず、先の見通しをしない・・というわけではありません。ありのままに見つめる、ということは、今・ここに執着することではない。受け入れること、です。
 そんな自分もあったのだと、寛容な心をもつことなのだと思います。
(画像は、1/2に鎌倉に行ったときの写真です。僧堂の井戸と、浴場です)